蒼城の小説連載ブログ@不定期

不定期でオリジナル小説の連載をしていきます。

SF小説 デイウォーカー #1 不老なるもの

#1 不老なるもの

私が住む都市の西側には、ウォールと呼ばれる壁がある。呼ばれる、とは変化もしれないが、「あの壁」と言えば子供でも知っている、唯一の壁のことである。
高さ4メール程の壁で、警護隊が24時間体制で見守っている。

幼学校時代に習った世界史で、ドイツのベルリンにかつてあったベルリンの東西を分ける壁があったが、それは悪しき考えで立てられたのに対して、ウォールは"守るため”に存在する。あの老いて、右足を引きずりながら杖をついていた女の先生は、「壁よりこちら側の人間を守るために、建てられた」と言っていた。

そう言えば、あの歴史家の先生は義足をつけなかったのだろうか。少なくとも私が学校を卒業するまでの9年間は義足のままだった。科学否定派の人間ではなかったのに、先生は義足をつけはしなかった。

「ちょっと、君!」

突然、ガシッと斜め上の後ろから肩に手を置かれて、捕まえられた。意識が少し現実から逸れて、後ろから何度も呼ばれたのに私は気づかなかったようだ。

私を捕まえた相手は、新しく入ったのか、見覚えのない夜間警備員だった。

「なんの悪戯かわからないけど、子供がこんな夜中に出歩いちゃ駄目じゃないか」

「……あー、と」

どうしよう。

と、思案する。研究に熱中して椅子に釘付けになったあまり、体がばきばきになってしまい、その運動に、と研究棟内を歩き回ったのがいけなかったのだろうか。いや、悪くない。他の学生、研究生、教授ともに夜中に徘徊しても怒られていない。流石に奇声をあげていた書生は捕まったが。

「こちら、タカギ。子供が校内を歩いていたので保護しました」

ヘッドセッドでつけられた無線に、連絡を入れる。僥倖。相手が屈んでいることをいいことに、肩に飛びついて、ヘッドセッドの向こう側にいる相手に聞こえるように声を荒げていった。

「保護されてない!私は、バイオ科学のアオバ=クヌギだ。誰かこの若造に、私のことを説明してくれ!」

ノイズの入った笑い声が聞こえた。眼の前にいるタカギとかいう警備員は、私が怒鳴ったせいで耳を抑えている。

『その人は、お前の親父と同い年ぐらいの年齢だぞ。いいから、クヌギ教授のことは。残りの見回り頑張れ』

「え、は?」

「君が私の受け持つ学生なら、遺伝子矯正についてレポート30枚を課すところだが、勘弁してあげよう」

警備員の先輩の声と、教授と名乗る少年に困惑したままの警備員を残し、私はさっさと自分の研究室に戻った。

研究室のドアの前までくると、自動で私のバイオメカニクスデータを読み取り、自動でドアが開いた。ドア、ロックと声帯コントロールをし、ソファに寝転んだ。

研究室なので、来客は殆どないのでソファの必要性はないのだが、大学では理由があれば許される。日の当たらないソファと珈琲の混ざった匂いには慣れた。

幼学校の歴史の先生をまた、思い出す。やけに思い出すのは、彼女を思い出すきっかけがどこかにあったのだろうか。

ひと思考考えたが、思いつかない。

先程の警備員に呼び止められた原因は私の見た目だ。……私の見た目が8歳程度で止まっている。母が胎児の遺伝子矯正で、私を「不老」にデザインしたのだ。遺伝子矯正は不法ではないが、劣性遺伝子に矯正するのは禁止になっている。様々な組み合わせの優性で、この劣性とも言える「幼児のまま」を実現させたのは、ある天才エンジニアだったが、母の執着心のお陰でもある。

ああ、そうだ。理解した。

来週は娘の結婚式だ。その時にバージンロードを歩く時、花嫁に父親がつきそう。そういう習わしだ。だが、今のままではバージンロードを歩く娘に恥をかかせることになる。このことを考えたくなくて、私は机にかじりついて研究していたのだ。家で待っている妻の着信が携帯に入っているだろう。

妻はありのままの私を愛してくれた。娘も愛してくれてはいるが、それは父親だからだろう。こんな少年のままのジジイを見たとき、周囲の反応は初めて会った娘婿と同じ反動のはず。

嗚呼、憂鬱だ。結婚式が憂鬱だ。

大人になりたい。子供の私は願う。50年以上も願っている子供の願いだ。
ある朝起きて、背が伸びてないかと、顔のまるみが減ってこないかと、何度も確認した。

移植用の体を作って、遺伝子矯正で大人にし、私の脳を移すこと。ホログラムで合成した老いた私をバージンロードを歩かせること。代理を立ていること。バージンロードを歩かないこと。……色々考えたが、どれも却下を下した。

生まれたまま、ありのまま、……遺伝子矯正の時点でありのままはおかしいが、あの先生のように、ありのままで生きることを許されたい。

(不老なるもの……あるいは、教授の憂鬱)