蒼城の小説連載ブログ@不定期

不定期でオリジナル小説の連載をしていきます。

琥珀色の壁 #3 科学と魔法と奇跡の存在

 前話

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「薄いピンクのシフォンワンピースに、濃いピンクの刺繍を施して、ひらひらと舞うようなスカートにしてくれ。あと、上着は」

「はいはいはいはい」

自動開閉の白い引きドアが閉まる直前まで、アオバはアキラが着る服に関して注文を施していた。直前はワンピースだったが、下着や靴などについても注文をつけている。

クヌギ博士にデリカシーを投与してあげたいわ、まったく」

ドアに鍵を施した女性は、ジェシカと名乗った。白衣を着ていて、アキラから見て自分の姉と同じぐらいかと思った。

アキラとジェシカが入った個室は、洗浄室と呼ばれるもので入った部屋の置くには大きなガラス容器の機械があり、天井には汚染除去シャワーかかれた札と共にシャワーがむき出しになっていた。札は日本語の他に中国語や英語などの言語が書かれているが、明らかに意味不明な記号の文もあった。

入って右手にはガラス張りのドアがあり、普通のバスタブが見えた。

「研究施設だから、こんなバスルームだけど我慢してね。あ、でも、アキラちゃんが入っている間は部屋で待っているけど、見ないから」

そういって、ガラス張りのドアの方を指す。

「博士は目を離すなって言っていたけど、プライバシーは尊重でしょ」

「ありがとうございます」

ドアの取手付近にジェシカが手をかざすと、先程のドアと同様に自動で開いた。促されて中を見ると、アキラの知っているバスタブとシャワーがあったが、知らないボタンや、ダストボックスと書かれた壁の取っ手などがあった。

「使い方わかる?」

「シャワーはひねればいいですか?あとバスタブの蛇口も」

「そうそう、ひねればいいわ。シャワーの近くのボタンを押すとoutで書かれた部分からボタンに書かれたものが出てくるから。……くれぐれも読めないボタンやお風呂で使いたくないボタンは押さないようにね」

例えば、弱酸とかね、と念を押されてアキラは勢いよく頷いた。

「何色が好き?または、何色の気分?」

「え?」

「服のオーダーをするから、好きな色だけでも聞いておこうと思ってね。今日だけの服だからデザインとか機能性が合ってなかったらごめん。

……博士の趣味は無視したものにするから」

服の話でにこにこしたり、申し訳無さそうな顔をしたり、博士の話でにやっと笑ったりと、ジェシカは表情がころころ変わる女性だった。

アキラは「今日の気分」と、思い浮かべて、ふと、姉のことを思い出した。
趣味の域であったが、養蜂家だった姉を思い出した。蜂蜜が大好きな人だった。そして、シャルロットが琥珀や蜂蜜といった言葉をアキラに残して行ったので、なんとなくであったが。

「黄色、かな。やわから目の黄色」

「黄色ね」

 

 

体を急いで洗って、お湯を張ったバスタブ入った。
念入りに体を洗うほど汚れていると思えなかったし、アキラは何より先にお風呂の温かみを得たかった。

一息つけたアキラは、真っ白な天井を見る。

洗浄室にしては、快適なバスタブであった。テレビでみたことのある汚染除去のための洗浄室はホースだったらしい、天井のシャワーだったのに、だ。

「100年ぶりのお風呂……ふふ」

冗談は笑えるようで笑えなかった。泣かないのは、きっと、実感がまだわかないからだ。

 

姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに会いたい、姉さんに、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、姉、

 

バスタブが泡立つ。底から泡が立つ。泡が立つお湯。泡が立ってとろみが立つ。何かを思い出しそうになる。外と自分ではなく、自分の中に生まれる違和感。姉の声を聞きたい。姉の声を聞いたい。アキラはそう願った。あの声を聞けば、自分は自分でいられ。――――。

「アキラちゃん、起きてる?寝ちゃった?」

はっ、として抱えていた膝から顔をあげた。気がつけばバスタブのお湯は流れていた。何故かアキラはわからない。100年後の技術かもしれないが、違う気がした。……いや、そうかもしれない。

「起きてます。今、出ます!」

「はいはい、タオル」

慌てたアキラの声に、ジェシカが笑った声が聞こえた。アキラが焦った原因が可愛いものだと思っているのだろう。

自動なのにどうやったかアキラはわからないが、腕一本分の隙間を開けてバスタオルを差し出していた。

タオルは新品のようにふわふわだった。贅沢だ、とアキラは思った。

「下着とワンピースは出来たわ」

「出来た?」

バスタオルを体に巻いて、ジェシカがいる部屋に戻ると彼女は服が入った籠をアキラに渡してきた。手が空くと、もう一枚バスタオルを壁の収納ボックスから出して、アキラの頭に被せる。ジェシカの用事が済むと、収納ボックスは壁と同化した。壁=収納がメインの技術なんだろうか、とアキラは思った。

3Dプリンターは知っている?あれで服を作るのよ」

部屋の奥にあた水槽のようなものは、3Dプリンターだった。今も頭部のないマネキンに対して上着の部分を制作している。

「3Dペンみたいなものは、お店で見たことありますが、プリンターは初めて見ます」

「22世紀になってから、服を作れるようになったから、アキラちゃんの時代ではないかもね」

3Dプリンターはアキラの時代では、細い熱されたプラスチックのようなものを糸にしてものを作っていた。ニュースでちらっと聞いたことのある3Dプリンターは、継ぎ目が荒かった気がする。

けれど、渡されたワンピースは柔らかく、アキラが着ていたブラウスと同じような出来栄えだ。技術が進んだことをアキラは知る。

「白いワンピースに、このあたりの地図を白で刺繍してみました。外に出て迷ったら見てみてね」

「……見ないと思います」

服に地図を刺繍する発想に、アキラは苦笑いした。刺繍を見てもアキラはちっとも、場所を読み取れなかった。そして、自分が外でスカートの裾を捲って、地図を見て唸っている姿を想像したが、あまり良いものではないかもしれない。裾にまで広がっている地図なので、見るのも難しいし、下着が見られないようにするにはしゃがむしかない。

地図の絵を見る限り、円状の町のようだった。円の、スカートで見ると、左下の円が線で区切られている。真円ではなく、欠けた円だった。

「はい、カーディガン。サイズはぴったりだと思うわ」

明るいが柔らかい黄色いカーディガンを、ジェシカが着せてくる。

「ありがとうございます。……正直、まだ未来だって信じられないですね。技術も少し私の知っているものと進んでいるくらいですから」

「そうね。100年くらいで日常生活の技術は変わらないわね。
100年の冷凍封印から貴方が目覚めたという話も、麻酔から目覚めた体に水をかけられたかもしれない。
お風呂も100年前の技術、21世紀で未来っぽく出来るわ。
3Dプリンターも、実は開発出来てましたって情報があるかもしれない」

夢見心地のようなアキラの疑心からの言葉にジェシカは、労るような声色で応えた。

「でも、目覚めたばかりだから敢えてこうやって少しずつ見せてるよ、クヌギ博士は」

会話を続けながら、洗浄室を出るように促してくる。

「100年。大きな節目を迎えながらも緩やかに成長してきた21世紀とは違い、この100年は急勾配な変化とその適応を繰り返してきた、猫とネズミの追いかけっこだ」

ドアをあけると左耳につけていたワイヤレスヘッドセットを外しながら、クヌギが部屋の前に設置されたソファーから立ち上がり、会話を続けた。

「盗聴ですかー?セクハラですし、犯罪ですよ」

「え、聞いていたんですか」

「準備室の中だけだ!全く、廊下でそういうこと言うんじゃない!
……アキラ、君はこちらからしたら立派な国宝級の生きた遺物なんだ。君の時代もモナ・リザや独立宣言書をセキュリティクリアランスが低い職員だけに任せるような研究機関もないだろう?
私だって好きで聞いていた訳ではないが、……聞いた成果はあったな」

慌てたように早口でまくし立て話し始めたが、最後は咎める視線をジェシカに向ける。

「クロノイド職員・ジェシカ。私は目を離すなとオーダーしたはずだが?わざわざ女性職員を要請したのは、入浴中も目を離すなということだったんだが?」

「初対面で間髪入れずにお風呂を一緒にするとか、配慮に欠けますーってマザーシステムから助言頂いてます。

そんなデリカシーがゼロだから、娘さんから名前で呼ばれてるんですよ」

「……」

ひくり、と苦い顔をして、口をつぐんだクヌギ

「娘さんいるんですか」

クヌギといて2回出てきた娘の話を、アキラは会話を変えようと尋ねる。
元々気になっていたのだ。見た目は自分よりも年下の少年であるのに、言葉の端々で年上のような内容が出てきて、物腰も大人のそれである。

「娘が1人な。孫もいる。孫は君くらいの年齢だな」

「ということは、博士はおじいちゃん位の年齢ですね」

「見た目は歳は取らないからな」

「不老不死の技術もあるんですね」

アキラはまだここが100年後と信じていないが、信じないと言い続けているよりも合わせた方が得策だと、経験上思った。

「正確には不老の技術だな。科学で不死の技術は夢のまた夢だな」

「100年後でも不死の技術は魔法・奇跡だけなんですか」

「そうだな。科学でも不死に近似した技術はあるが、不死の証明が出来ていないからまた、不死を与える技術を開発したと言えない。技術開発もIO倫理院が許さないだろう。
不死になった者に会ったことはあるが、どれも人智を超越してしまったのか、振り切れない執着心や諦めきった末の堕落や無関心の塊になってしまっていたな。
……ん?君は魔法または奇跡を信じていたのか?」

質問に対して、博士の肩書のように不死についてアキラに教授していたが、途中でアキラの発言に気づき疑問を投げかける。ジェシカはクヌギの長い言葉が始まると、近くの掲示板を無意味に見始めていた。が、アキラへの質問が始まると知ると、手に持っていたバインダーの中身を真面目に目を通し始めた。そして、アキラが返答する前に質問に答える。

「プロフィールには彼女自身”不死に遭遇”した経歴はありませんね」

「確かに遭ったことはないです。私の両親が魔法や奇跡といった知識の専門家でした。
両親の仕事は"魔法の淘汰"で、よく"不死に死を与える方法"がわからないと電話口で聞いていました」

アキラの両親は文字通り”魔法をこの世から消す"仕事をしていた。アキラ自身は魔法や奇跡に遭遇したことはない。

「魔法がまだこの世に生きているってことは、両親の仕事は達成出来なかったということ、ですよね。ちなみに私は魔法とか奇跡といったものには遭遇したことはないですが、存在はあると知っています」

「興味深い。信じている、よりも知っている、と確証しているとはとても興味深い。アキラ、君の経歴、文字や映像に起こせる資料は目を通したが、君自身の言葉が一番が一番、好奇心の擽られる!」

「落ち着いてください、クヌギ博士。実験体は豊富にあるでしょう。保護対象をモルモットを見るような目で見るのは止めてあげてください。所長に言いますよ」

「わ、わかっている。……どうするにしても、この会話はマザーシステムに届いていることだろう。
アキラ、君自身が魔法や奇跡を知っていると、この先の説明をするには楽だ。
君にはこの100年で起きた人類の重大な転機と、メトロポリスを担う3つの力について知ってもらわなくてはならない。100年の知識の差で精神を病むことを懸念に思ったが、少しは軽減できそうだ」

咳払いを挟むと、クヌギ博士はアキラを、まるで自分の娘を見るような、優しい目で見て、

「その服はとても似合っている。
靴は暫くはスリッパで我慢してくれ。靴に関しては、ジークフリード女史の紹介で良き靴職人を紹介してくれるそうだ」